読むべからず。

じゃあ書くなって話だよな。


個人が特定される話じゃないけど、まさに垂れ流しなんで、気分を害すというか無駄な時間を過ごします。ご注意を。
 
 
 

僕は思いのままに変人で居たい。
そう僕は変人である。
別段変なことをしてやろうとかそういうことではなく、
他の人と多少なりともずれが見受けられるのである。
もちろん同じ人などこの世にいないし、みんながみんなずれてるといえばそれはその通りなのだが、会う人会う人に戸惑われ、時に怒らせてしまうことから察するに、僕は他者と普通の対応が出来ない、いわば変人なんだろうと思う。
そういう状態になるということは自分は空気の読めない人だということなのだろう。
おそらく自分のことしか見えない自己中心的な人物なのだろう。
人なんてそう変わるものじゃない。
せいぜい表面を取り繕うことが出来るぐらいだ。
しかし僕はそれさえも容易ではない。しかし、思いのままに行動すると社会から外れてしまう。
そしたら飯の食い上げだ。
だから多少無理をしてでも社会にあわせ、お金を稼ぎ生きていかなければならない。
僕はまだ死にたくないから。
何で生きてるのかはわからないが、やり残したことがあるのかないのかそれさえもわからないが、それでも僕はまだ僕で居たい。
狂えば楽だがそれは僕ではない。
箍を外したいがその結果責任を取りたくないし、その結果の影響を見るのも御免被りたい。
一番楽な表面の作り方は高飛車、傍若無人、表面だけの上滑りである。
これは他人を軽んずる自分の性質の一部を表面化できるから楽なのであろうと思う。
だけれども、それでは結局生き難くなることに変わりはない。
だから馬鹿みたいに微笑んで無口なフリをして過ごさざるを得ないのである。
相手からとっつきにくい人だと思われるだけならそれでいいのだが。。
出来れば部屋に引きこもったり、雑踏をうろうろしたり、見知らぬ人と語ったりしていたいのだが。
地を出せないということは自信がない証拠なのだろう。
何に対する自信がないのか。
つつがなく世を過ごす自信なのだろうか。
思うが侭の行動を起こすことによって、人に負の感情を持たれない自信だろうか。
後者なら言語道断だ。が、しかし両方とも同じことのような気がする。
結局は利益不利益の両天秤。
どっちが過ごしいいかで行動を決める。
当たり前のことだ。
当たり前のことをしたくないのか。
人付き合いせずにある程度の収入を得たいのか。
いや顔見知りと付き合わずにつつがなく世を過ごしていきたいのだろう。
感情移入しやすいながらも他者を切り捨てていく自己矛盾を抱えてる自分にとって人付き合いはえらく面倒なのである。
相手の感情を慮らずに思うがままに行動するには一体どうすればいいのか。
変人が変人として生きていくには一体どうすればいいのか。
特異な才能も持たない僕にいったいどんな手段があるのか。
いくつか方法は考え付くが、きっと僕は取り繕う道を選ぶのだろう。
普通の人に未練があるから。